戯言

戯言です

どうして期

保育園に入園した女の子は知的好奇心の盛りで、不思議に思ったことは何でも母親に聞く。
たまに回答に困ることもあるが、それよりも子供ならではの着眼点に驚きつつ、質問を楽しんでいた。

「どうしてお花はいろんな色をしているの?」
「どうして車は早く走るの?」
「どうしてゾウさんは耳が大きいの?」
「どうしてママの作るごはんは美味しいの?」
こんなに可愛い質問はどうして思い浮かぶのだろう。母親は頬を緩めた。

 

「どうしてパパはママがいないと女の人を連れてくるの?」
「どうしてママはあの人よりかわいくないの?」
「どうして私はママよりあの人の方が好きなのにたまにしか会えないの?」
母親はコンビニに行き、妊娠が発覚した時以来5年ぶりに紫煙を燻らせた。
すれ違う人が振り向くほど、顔は酷く歪んでいた。

 

「どうしてママはそんな高いところにいるの?」
「どうしてぶらぶら動いてるの?」
「どうして何も話さないの?」
母親は、二度と口を開くことはなかった。

電車

通勤時はいつも女性専用車両に乗っている。

今日も1両目に指定されている女性専用車両に向かって地下鉄の駅のホームを歩いていた。

歩いている途中で電車が来てしまい、今日は遅刻しそうだったのでちょうど止まった車両に飛び乗った。

いつもは混雑しているはずの車両が異常なくらい空いていた。

 

それもそのはずで、この車両は猫ちゃん専用車両だった。

ああ、いけない!猫ちゃんじゃないのに!視線が痛い!シャーッと威嚇されている。

「ごめんね、間違えちゃったの。」連結の扉を開けて隣の車両に移った。

 

隣は女性専用車両と思いきや、少し様子が違った。ジャパユキさん専用車両だった。

一生懸命日本語の練習をしていた。

「シャチョサン、オマンコ、イチマンエンヨ」

苦労しているんだなと思い、また隣の車両に移った。

 

この車両は明らかに私が乗る車両ではなかった。見世物小屋だった。

隣の車両に移るために歩きながら、ああ、これが蛇女か、蝙蝠人間かと眺めていた。

連結扉を開ける際に、座長に声をかけられた。

「見物料800円ね」

こんなことならもっとじっくり見れば良かった。

 

次の車両は名器専用車両だった。

乗客は私しかおらず、快適な通勤時間を過ごすことができた。

明日からも名器専用車両に乗って通勤しようと思った。

連鎖

少女は、男子バスケットボール部のキャプテンが好きだ。

少しでも近づきたくてマネジャーを始めた。

背が高く、バスケットボールが上手い。顔に少しニキビがあるが、そんなところも好きだ。

いつでも楽しい話をして笑わせてくれる。

 

バスケットボール部のキャプテンは、同じマンションに住む女子大生が好きだ。

詳しい年齢は分からないが、たまにエレベーターで会って挨拶をすると胸が高まった。

夜は女子大生がエレベーターを降りた後に残る香水の香りを思い出すだけでエレクトしてしまった。

 

女子大生は、ホストが好きだ。

化粧品やブランド品を買いすぎて、気付くと少額の借金を抱えてしまっていた。

仕方なしに始めたピンサロのアルバイトは、すぐに借金を返せるくらい稼げて余裕が出たので、一度だけと思いホストクラブに行った。

巧みな話術と恋人であるかのような接客は、本気の恋になるまで時間はかからなかった。

 

ホストは母親が好きだ。

小学校2年生の頃に離婚し、女手一つで育ててくれた母親は自分の全てを犠牲にしても守りたいと思っている。

母親に楽をさせるために、夜はホストで働き、昼間はビル清掃や工事現場で毎日休みなく働いていた。

疲れても、母親の笑顔を見るとまた明日も頑張ろうと思えた。

 

母親は宗教に嵌っていた。

離婚の原因も、宗教に嵌り使途不明金が嵩んだことが夫に知られたからだった。

全ての苦しみから救ってくれた教祖は唯一の信じられる存在だった。

お布施を増やせば増やすほど心身ともに幸福が訪れるような気がしたので、収める金額は増えていった。

 

教祖は逃げていた。

詐欺罪容疑で逮捕状が出ていた。

何故逮捕されるのか理解できなかった。ただ、信者を幸せにしているだけのつもりだった。

教祖は逃げた。捕まりたくなかった。

夜も眠らずに人気のない場所を探し求めて逃げた。

教祖は逃走の4ヶ月後に信濃川下流で遺体となって見つかった。

 

ぬいぐるみ

女はぬいぐるみが大好きだ。

アニメのキャラクターや、動物、地方のゆるキャラなど、可愛らしいぬいぐるみを見ると買わずにはいられなかった。

ぬいぐるみに囲まれて、部屋が埋まっていくことに幸せを感じていた。

ひとつひとつの顔がきちんと見えるように拘って配置を決めていた。

 

ある日、女はぬいぐるみとぬいぐるみの間に隙間ができてしまうことに気付いた。

それぞれのぬいぐるみの凹凸に合わせて、且つ顔が見えるように2週間かけて並べ替えたが、それでもどうしても隙間が空いてしまった。

女はこの隙間をどうにか埋めたいと考えた。

しかし、生活必需品以外全ての持ち物がぬいぐるみなので隙間を埋めるものなど何一つなかった。

女は考えた末、自分のゲロを撒き散らした。

食べては吐きを5日繰り返し、見事に隙間なくぬいぐるみと吐瀉物にまみれた部屋が出来上がった。

女は翌日、自殺した。