戯言

戯言です

トマト

少年はトマトが嫌いだ。

甘いのか酸っぱいのか分からない味、飲み込むタイミングが分からない皮、何よりも中のぐちゃっとした食感が嫌いだった。

母親に「トマトを残すと小学生になったときに給食で出たら大変だよ」と何度も言われたが、食べられないものは食べられないのだ。

 

少年は春に小学生になった。

まだ体に対してサイズの大きいランドセルを背負って、初めての登校をした。

新しい友達や授業や環境で、少年はとても楽しい毎日を過ごしていた。

 

ある日、とうとう給食にトマトが出た。

「げぇ、嫌だなあ。食べられないから残そう。」

少年のお皿には、配膳係が盛ったときの形のまま、トマトが残っていた。

給食の時間が終わったので、お昼休みに友達とドッヂボールをしようと体育館に行こうとしたときに、学級担任に声をかけられた。

「給食を残してはいけませんよ。食べ終わるまで席を離れてはいけません。」

少年はさっさと食べて休み時間に入ろうとしたが、やはり食べられなかった。

食べようと試みたが、匂いを嗅いだ瞬間に吐き気がしてしまうのだった。

そのままお昼休みが終わってしまった。

5限の授業は、トマトが乗ったお皿が机にある状態で授業を受けた。

 

授業が終わり、下校の時間になった。

「今日は嫌な一日だったなあ。早く帰って今日のことは忘れよう」

帰りの支度をしていると、先生に声をかけられた。

「給食を食べ終わるまで、席を立ってはいけないと言ったでしょう?」

嘘だろう、と少年は思った。

小学校にあがる前に母親が言っていた「給食が大変」とはこのことだったのか。

 

それから19年が経った。

少年はとっくに成人し、就職をする年齢の青年になっていた。

たが、いまだにトマトを食べられないでいる少年は、とうに腐り果てたトマトを机に乗せたまま、今日も1年2組の窓際前から2番目の席に座っているのであった。

 

 

犬おばさん

おばさんは犬が好きだ。

 

最初に犬を飼ったのは、娘が大学へ行くために家を出てからだった。

夫とは2年前に若くして死別した。

娘がいなくなり、一人で暮らす寂しさを紛らそうと、小型犬を飼うことにした。

犬の可愛さに取り憑かれたおばさんは、一匹目を飼ってから2年と経たないうちに全部で19匹の犬を飼った。

多頭飼いだが、しつけも避妊も行い、散歩や体調チェックなど平等に愛情を注いでいたため、犬たちもストレスなく幸せに暮らしていた。

 

娘は大学4年生になった。

大学生活最後の夏休みに実家に帰る為、新幹線の切符を買っていた。

就職活動で忙しく、実家に帰るのは1年ぶりだった。

久しぶりに会う母親と犬たちに心を踊らせていた。

 

実家に帰ると母親は不在だった。

買い物でも行っているのだろう、帰ってくるまで犬と遊んでいよう、とさほど気にせずにいた。

だが、夕飯時になっても母親は帰って来なかった。

どこかで友達と買い物をした後にご飯を食べに行っているのだろうか、それなら連絡をくれたらいいのに。

少し苛つきながら、19匹の犬に餌を与えるためにドッグフードの準備をした。

1頭ずつ専用の餌入れを用意してあったので、順番にドッグフードを入れていった。

最後の方で、餌入れが1つ足りなくなった。

どこか別のところにあるのかと思い、探したが見つからなかった。

その時、大型犬の存在に気付いた。こんな犬いたっけ?

よく見ると、犬だと思って接していたものは、犬の背格好を真似た母親だった。

「やっと気づいた?上手に犬になりきれていたでしょう?お母さん、犬が好きだから、犬として生きていくことにしたよ。」

 

おばさんは犬の散歩のときは、他の犬を先導するリーダーとして集団の先頭に立ち四足歩行をしていた。

SNSでは少しずつ目撃情報が流れた。

人面犬は本当にいるのか!?」マスコミも騒ぎ始めた。

おばさんは犬と同じ生活スタイルだが、普通に言葉も話し、人当たりも良く冗談も言うので、テレビに出た日はすぐに日本中の話題になった。

グッズ展開やアニメ化もされた。

さながら子供達には大人気で、夏休みになると毎年アニメ映画がつくられている。

先日、新作「犬おばさんのクリームシチューはどこに行った!?」が幕を上げた。

今年も暑い夏がやってきた。